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団塊遭遇記(京都太秦編)

その日私は、四条?からちんちん電車に乗り、太秦広隆寺を訪れんとしていた。

駅に近づくと切符売り場の前に、リュックかついだ団塊どもが、わぁわぁと蚊柱のようにたかっている。列を作るでもなくただ飛び交っているだけだから、その後ろに並びようもない。

連中は好き勝手に販売機に近づき、近づいてからやっと運賃表を見たり財布を取り出していたりする。これはまぁ、我がA市の連中も同じだが、記憶によるとその言葉は以下の通り。

ただし私は東国人の上、文化人類学の訓練を受けてこなかったから、「~がな」とか、「~でぇ」とか、その団塊どもの言葉を正確に再現することは出来ない。やむなく関東語に置換して記すこととする。
img_434108_8937499_0.jpg

「おとうさん、どこまで乗るのでしたか」
「それは○○までです」
「○○とは、この表のどこにあるのですか」
「それは自分で見るものです。あなたはいつもそのようなことを言います」

「あ、おとうさん、10円玉を持っていませんか」
「持っていません」
「いいえ、あなたは持っているはずです。自分の財布を確認してください」
「100円玉かお札で払えばいいでしょう」
「わたしは自分のお札を崩すのを好まないのです。分かっているでしょう、本当に」
…まだ延々と続くのだが、とりあえずここまで。

さてそんな連中の間をすり抜けて、やっと私は切符を買ったのだが、ホームに向かえば上の通り団塊の押しくらまんじゅう状態。奴らのデイパックに下がった札を見ると、こいつらは原住民ではなく、どうやら京都近くの大きな都市から来た、歩こう会か何かの集団らしい。

その団塊にもまれながら、電車に詰め込まれる。
img_434108_8937499_1.jpg

画像でご覧の通り、なにやら瘴気のようなものまで漂っている。団塊は団塊汁*だけでなく、こんな毒ガスまで出すとは知らなんだ。うわぁー勘弁してくれ、団塊が伝染る。
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*団塊汁については、こちらを参照。
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途中の停留所に着くと、ホームで待っていた人々が、あきれたような顔をして車内を見ている。それをみた団塊ども、とたんにはしゃぎだしてこんなことを言う。

「乗る方がいるのですね」
「そうですね。でも乗れないですね」
「あ、○○さん、見てください。乗ろうとしている人がいますよ」
「控え目ではない人ですね。どうするつもりでしょう」
「無理だと思うのですが。わはははは」
「げらげらげら」

別の塊では、女団塊同士の話に打ち興じているのが居る。

220px-Umeboshi_20101209_c.jpg「それですからね、私はこの数年、この薬を肛門に塗っているのです」
「それはどこで買えるのですか」
「XX町のYYという薬屋です」
「あの顔の表皮が、まるでバラ科サクラ属の果実を干した食材のように、波のようになっているおばあさんが店番をしている店ですね」
「そうです。あのおばあさんも、これで肛門疾患を治したに違いないのです」
「果実の老婦人が、肛門の果実に薬を塗布しているのですね。塗った後、手を十分洗浄したのでしょうか。その薬にも、何か付いているかも知れませんよ。わはははは」
「清潔ではありませんね。わはははは」

マスクなしで瘴気に耐えねばならない私にとって、老年女性の肛門の話はさらにキツい。青ざめているとやっと太秦に近づき、降りますボタンを押そうとしたが届かない、団塊に阻まれて動くことも出来ぬ。

これらの団塊の住まう地域では、関東語で話す人間を敵視している、と聞いたことがある。そんなのが一人でのこのこ来ると、よってたかっていじめるとまでも。しかもそれを言ったのは、現地で生まれ育ち現住している人で、かなり真剣な表情だった。
加えて私には、たかじんがこれまで言ってきたこと、嘉門達夫が歌ってきたことの記憶もある。

恐ろしい。
ゆえに関東語しか話せない私が、済みませんとか空けてくださいとか、声を上げるとどうなるかと想像した。トラブルは避けねばならない。

仕方が無く手にした杖をそうぉ~と上げ、すぅ~っと伸ばしてボタンを押そうとすると、驚いた団塊どもが一斉にこっちを向いて、やっと手が伸ばせる状態となった。

降ります、降りますと言いつつ、停留所にまろび出る。電車は団塊どもを乗せたまま、ガタゴトと走り去っていった。
s-R0010715.jpg

いつもなら悪態の一つも付くところだが、気分が悪くとてもそれどころではない。
あ~、助かったぁ~。
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プロフィール

九去堂

Author:九去堂
乗騎と、美酒と、かくもロクでもないこの運命を讃えて


九去堂(きゅうきょどう)、またの名を他莫阿弥(たもあみ)、逐電齋、不羈庵(ふきあん)。賭場往来人、ケロ教徒、大学院デビューの不良。天涯孤独にしてあるじを持たず。よく酒を飲み、煙をふかし、馬に騎り、わずかに稼ぐ。世になきものはこの手で作るべしと思へり。晴読雨読、時に刀槍を振るう。振らば稽古なりとも、仇なさぬに得物を当てるを嫌う。死後に世無く、生前も無し。バクチを嫌い仏法を好むラララ科学の子なれば、神無くまた唯物の誤りをも知る。

人知らずして憂いなし。

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